震災から2日後、長男が死んだと噂で聞きました。
私の長男は、役場に勤めていたので、震災当日も産業課の課長に同行して田束山で樹木の調査をしていたそうです。
地震の直後、すぐにジープで山を降りて志津川の役場へ向かいました。その後、近くの防潮堤の水門を締めに行って防災庁舎に登り、そこで津波に流されて亡くなったんです。
後日、防災庁舎で生き残った歌津町出身の2人の職員が私の家にやって来て、涙を流しながら「私もあの日、屋上にいました。典孝君もいらっしゃいました」と報告をしてくれました。
「結う人」牧野駿さん
[宮城県本吉郡南三陸町歌津伊里前]昭和13(1938)年生まれ
投稿日:2012.01.01
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