子どもの頃の遊びといえば「木馬(キンマ)」でした。近所に子どもが沢山いたので、先輩の見よう見まねで自分で作って近所で遊んでいました。下駄にカスガイを打って「下駄スケート」もよくやったし、木にロープを結わえつけてブランコをしたりもしました。たくさんいた子どもも、尋常小学校の6年生になる頃には、尋常高等小学校に進学する人はいくらかはいましたが、家のために紡績工場に働きに行かされる子もいました。
鱒淵に響く「わだつみのこえ」岩渕謹一さん
[宮城県登米市東和町米川鱒淵]大正8(1919)年生まれ
投稿日:2012.01.08
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ブランコ, 下駄スケート, 子どもの遊び, 尋常小学校, 尋常高等小学校, 木馬, 登米市, 紡績工場
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