今度、寄木仮設のすぐ上がり口に家を建てたんで、今度そこに入るんですよ。やっぱり、私は、このようになってみんな冗談言ったりするから、次に住むところは仮設のすぐ脇に並んでいるから、仮設のみなさんともしゃべったりすればいい。だから私もいつでも来るから、あなたたちも来てお茶のめ、って言ったの。引っ越しした人は来なくたっていいっていうことはいうなってね、今朝も語ってね、笑ってきたけれども。だけど、家を建てるのは最初孫たちも私も反対だったけれども、そのうちに寄木と韮の浜の両部落の人たちが40戸も、歩いて5分もかからない近くの高台に移転するようになったから、それならばいいんじゃないかってことで、私たちも納得して入るようになったんです。でなければ私も最後まで反対したのだけれど。
今どこでもね、坪単価が急に値上がりして、一坪70万。高いね。高台に建てる人もね、来年の年度末になれば整地始まるんだから、ちゃんと整地始まる前に大工さんを予約しないと、大工さんたちは、もう予約でいっぱいでね。ある大工さんなんて150戸も予約受けてる。だから高台だの、整地ができて家を建てるようになったから大工さんに頼むべ、というようなことでは遅くて、そういうことも頭にいれていて、誰かがどこそこに建てるとか言ってたら、「大工さんがっちり確保して、それから整地するようなことじゃないと、だめだぞ」ってね。そういう風にしないと、3年も4年も今度いつまでも狭い仮設に入っているようになるからって。
すぐに家を建ててすごいと思うかもしれないけど、私たちは海が相手の仕事だから、漁業さえ確定すれば、銀行から借りても払うくらいの金がとれるっていう自信があるからね。
「波静か ~われは海の子~」畠山吉雄さん[宮城県南三陸町歌津寄木]昭和2(1927)年生まれ
投稿日:2012.01.07
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